GOOD OLD DAYS

飛行機にまつわるあれやこれや

アクアプール エッセイ

"Mission Possible"

固定翼の免許を取り、回転翼免許に向けて訓練中のある日、「スペシャルなミッションをやってくれないか?」と、Bill(フライトクラブのオーナーです)に言われました。
数十メートル離れたヘリの置き場から整備工場の前まで、ヘリをホバータクシーで運んで欲しいとの事であります。
通常のホバータクシーは高度5フィート(約1.5m)でゆっくりと進むんですが、出来るだけ低くヤレとの仰せ。
「へっ、オレが?」そう、ヘリのインストラクターが不在なんで、ここの生徒であり従業員でもある私に白羽の矢が立ったのであります。管制塔に見つからないよう、こっそりヤレと言う事ですね。
こんなオモロそうな仕事、断れるはずもなく「やりまーす!」と意気込んだは良いのですが・・・。

よくよく見れば、さほど広くもない駐機場の左右に並んでいる飛行機の間を通り、最後に電線を潜るというなかなかのミッションであります。
「いーのかなあ?まだ免許持ってないんですけど・・・」などと思いつつもミッションスタート。
「あいつどこ飛んでんだ?」的な余人の視線を浴びながらもホバリングからソロリソロリと進み、電線も無事にクリアして整備工場前に着陸。はい、ミッションコンプリートです。

かなりヒヤヒヤものでしたが、私を信用して任せてくれた嬉しさと、「やったった」感でゴキゲンでありました。
ところがその後・・・、インストラクターのRobinにこっぴどく怒られるハメになったんです。
「オレがいない間に何て事しやがったんだっ!」「だってBillがやれって言ったんだもーん」などと抗弁しつつも、Fで始まる4文字攻撃の嵐に耐え忍ぶことしばし・・・。
まあ、そーだよねえ。あんな狭い所を飛んで、もし事故を起こしたらインストラクターの責任問題になっちゃうもんね。
Billにも食って掛かるRobinを横目に、ビミョーな立場の私はコソコソとその場を去ったのでありました。

アクアプール エッセイ

"OLD but not least"

小さな飛行場のトイレでのコトです。
用を足していたおじいさんが何やら話しかけてきたんですが、よく聞き取れないんで適当に相槌を打っておりました。
後でインストラクターに「そういや・・・」って話をしたら、「おまえ、Bob Hooverを知らんのか!?」って呆れられました。
「エ~!ボブフーバー?」
はい、御尊名はかねてより伺っておりましたし、彼の飛行機がココに有ることやまだ現役で飛んでいるのは知ってましたけど・・・、まさかこんなトコロで出くわすとは。
歴戦の空軍パイロットでありまして、アクロバットやテストパイロットとしても数々の伝説を残した高名なお人なんです。

例えば、ヨーロッパ戦線で彼のスピットファイアがフランスで撃墜され、ドイツの捕虜収容所に送られるもまんまと脱走。敵の飛行場に忍び込み、フォッケウルフを奪ってオランダまで逃げおおせたと言う話。まんま「大脱走」ですね。
他にも「ベトナムでやられたんだ」って脚の傷を見せてくれたインストラクターがいましたし、ベトナム戦争でヘリのガンナーだったというBillは黙して語らず、でしたね。
侮るなかれ、飛行場でウロウロしてるおじいちゃん!

アクアプール エッセイ

"LA RIOTS"

あれは1992年の事でしたか。
ヘリコプターの免許を取って帰国する友人がラストフライトって事で、この日に2人で飛ぶ予定になってました。
暴動が起こっているのは知ってましたし飛行場も早仕舞いするようですが、「どうせなら空から暴動見物しようぜ」なんて。
ところが、いざ上がってみるとダウンタウンの方は幾筋も煙が立ち昇り、尋常ならざる様子です。

さらに近づいてゆくと、サウスセントラルあたりはとんでもねえ事になっております。
あちこちで火の手が上がってますし、報道やら警察やらのヘリが飛び回っています。
地上でも溢れ返った暴徒が騒動を起こしているようで、その様はまるで戦争映画を見ているかのようです。
「こりゃ洒落にならねえ」てんで早々に撤収して参りましたが、あの景色はなかなか凄まじいものでありました。

アクアプール エッセイ

"Pop-in Pop-out"

ロングビーチ沖の抜けるような青空を飛んでいると、綿菓子みたいな雲が一つだけポッカリと浮かんでいるのを見つけました。
近づいてみると、ムクムクとした触り心地の良さげな、とても小さな雲です。
そいつを眺めていると、私はとある誘惑に駆られました。
「中に入ってみたい」
この辺りは訓練空域なので普段は多くの飛行機が飛び回っているんですが、いま飛んでいるのは私だけであります。高度は充分、安全確認もOKです。
「よし」
スポッと入って行きました。

雲の中は今まで見たことがない景色です。とても明るい霧の中と言いますか、全てが鮮烈な白の世界です。言葉で説明するのは難しいのですが。
しばしそんな世界を堪能していたんですが、抜け出すのに思いのほか時間が掛かります。
ちょっと焦っているうちにスポンと抜け出しました。
いつもの青空、いつもの景色が広がっています。当たり前ですが。
ほんの少しだけ異世界へ行ってきたような、何だか不思議な経験でありました。

アクアプール エッセイ

"Cross Country"

クロスカントリーフライトは、ほぼ半日かけて長距離の飛行をします。
その日も快晴のLA。早朝からの準備を終えて飛び立ちました。
私がベースとしている飛行場は、LAX(ロスアンジェルス国際空港)の近くに位置しています。
この巨大な空港には厳しく制限された空域があって、小型機なんぞはおいそれと立ち入る事が出来ません。
でもよくしたもので、あるルールに従えばその空域を通過できるんですね。
通称”ロスアンジェルスコリドー”なんて言います。正式な名称はちゃんとあるんですけど。

アクアプール エッセイ

サンタモニカ空港の施設から出ている電波を使うんですが、北行きと南行きで高度も決まっていて、指定された周波数で現在位置の報告をしながら飛ぶんです。
ただ、ベースの飛行場からはそのルートが近すぎるんで一気に高度を上げる事ができません。なのでボックスクライムという方法で高度を稼ぐんですね。
これは四角形を描きながら少しずつ高度を上げていくやり方なんですが、C152とかの訓練機だと、うんざりするほど時間がかかります。
それでも巨大なLAXを見下ろしながら飛ぶってのは、とても爽快な気分なんですね。

ヘリコプターの場合は別のルートがあり、LAXを離陸したばかりの旅客機の下、高度150フィート以下(約50m)を飛びます。
マンハッタンビーチやベニスビーチ、そしてマリナデルレイという大きなヨットハーバーなどの有名どころが居並ぶ海岸線沿いのルートなんですが、ビーチを横目で見ながら低空で飛ぶのはとても気分の良いものです。

アクアプール エッセイ

高度を上げて所定のルートに乗ると、眼下にLAX、左には太平洋、そしてLAダウンタウンのビル群が右手に見えます。
ビバリーヒルズを過ぎたあたりで機首を西へ向け、最初の目的地を目指します。
ベンチュラフリーウェイ上空を西に進み、カマリロ、オックスナードあたりからから太平洋が見えて来ると、ほどなくサンタバーバラです。
サンタバーバラ空港は国内便が発着する大きな空港で、しかもレーダー管制されていますので出入りの手順がちょっと煩雑です。
ここまでは一度インストラクター同乗で来てるんで特に問題も無く着陸し、一服してから次の目的地に向けて離陸しました。

アクアプール エッセイ

さあ、ここからは未知の領域です。
機首を北に向け、パソロブレスを目指します。
パソロブレスとは、ロスアンジェルスとサンフランシスコとの中程に有る田舎町で、その町の郊外にある飛行場が目的地です。
出発前にインストラクターから、「あそこは古い軍用機が風向きに関係なく飛び回っているから気を付けろ」って言われてましたが・・・。
そんなコト言われてもねえ。こちとらヒヨッコですからね。軍用機を飛ばしているような連中なら適当に避けてくれるでしょ。
むしろ戦闘機と一緒に飛べるんならラッキーじゃんなんて思ってましたが、結局何事もなく着陸しました。
確かにノンタワー(管制塔が無い)ながら大きな飛行場ですし、航空博物館もあって、森林火災用の航空隊も常駐してるようです。

アクアプール エッセイ

さて、ここでは燃料補給をしてランチタイム。一服ののち帰路につきますが、ここのレグではおよそ300kmをLAまで一気に飛行する予定です。
離陸後、高度を上げて巡航高度に達してからはヒマです。何もするコトがありません。
なにせ見渡す限りの平原と岩山ですので、進んでいる感覚すらありません。


余談ですが、この辺りにはサンアンドレアス断層があるんですね。
サンフランシスコやロスアンジェルスに大地震を起こすヤツです。
1994年のノースリッジ地震は私も覚えています。
早朝、いきなりドーンと来て飛び起きましたが、立ってるのも難儀なほどの強烈な揺れでしたね。
当時はトレーラーハウスに住んでましたが、潰れる心配は無いものの、ひっくり返るんじゃと思うような感じでした。
特に被害も無くベッドに戻ったんですが、今度は日本から「大丈夫か?」の電話攻撃でなかなか寝付けません。
日本時間で夜の9時過ぎだったので、ニュースを見た人達が心配してくれたんですね。まあ、ありがたいコトなんですけど。
- 閑話休題 -

アクアプール エッセイ

さて、時折方位の確認をしながらも代わり映えのしない景色の中を飛んでいるんですが、少し気に掛かることがあります。
というのも、方位を変更するためのチェックポイントを設定してあるんですが、そいつがなかなか見えてこないのです。
まだ到達していないのか、それとも見過ごしたのか・・・。
事前に作成したフライトプランでも、ここの目標物は見つけにくいであろう事は判ってたんですが。
こんな時は「もし内陸よりに流されているとしたら」とか良からぬ考えが頭をよぎります。燃料は充分だけど近辺には飛行場も無さそうです。
まあ、いざとなれば海岸線に出てしまえばロストしないって事は頭に入っているものの、なるべくならフライトプランに沿って飛行したいんです。
一人悶々としながらも暫くの間飛んでいたんですが、念のためチャートで確認すると、ここで変針して海に向かえば空軍基地が見えて来るはず。
こう考え始めるともう辛抱堪らず、機首を西に向けました。


しばらくすると飛行場が見えて来ましたので、上空から基地名を確認して一安心です。
あとは海岸線に沿って南下するのみです。
行きに立ち寄ったサンタバーバラを過ぎたあたりで東に向かうと、見覚えの有る景色になって来ました。
さらに東進して夕陽を浴びたLAダウンタウンのビル群が見えてくると、「帰って来た~」って実感が湧きます。
徐々に高度を落としながら、出発前にファイルしたフライトプランをクローズします。
これをしないとSearch And Rescue(捜索救難活動)が出て大騒ぎになるぞ、なんて脅かされていますんで、ちゃんとやります。
スロットルを絞ってさらに高度を下げ、管制塔とコンタクトを取ったらダウンウィンドレグにエントリー。
順次フラップを降ろして、ベースレグから西日で眩しいファイナルアプローチにターン。
そして無事29Rに着陸し、長い1日は終わったのでした。

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